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見ている
気が付くとわたしの目は後ろ姿を追ってしまう。カウンタで接客し、厨房からファストフードを受取るその瞬間だけの時間。正面から見るだなんてとんでもない。後ろめたい。わかっている。わかっているからこそ見ないでいることが耐えがたい。いつしか、わたしはノールックで背を向けた瞬間を感覚できるようになった。目的がもたらす人間の偉大なる能力。おまけで背中にアリやハチが持つ感覚器を再現したセンサを5000万個ほど埋め込んだこともある。目的がもたらす人間の偉大なる行動力。わたしは今日も密かな楽しみを/「わたしになにか?」/振り返ると腕組みして、カウンタにもっとも近い席で仕事をする(ふりをする)わたしを見下ろしている。どうして。感情が伝わる前に、わたしの前で背を向ける/制服の表面を微細ななにかがうごめいている。感覚センサだ。 「わたしになにか?」 ええっと。声が出ない。見ていただけである。口にしたらあれこれが終わってしまう。わたしは下を向き、机の上の仕事道具とコーヒーの紙コップを片付けにかかる。意識はどこかに吹き飛んでいる。生きる理由の消失が心身を埋め尽くしている。どうしようばかりが繰り返されている。立ち上がる。「お預かりします」わたしの手から紙コップをひったくる。顔がわずかに近くなる。そして声。 「わたしも見ていました」 えっ。 「あなたがわたしの背中から目を外す瞬間を待っていました」 声も出ない。 「楽しみにしていたのです」 意識がここではないどこかからさらにどこかに吹き飛ぶ。飲みかけの紙コップを入口近くのごみ箱に捨てる。あの、中身は捨てなくていいのでしょうか。自動ドアが開く。わたしは吸い込まれるようにそちらに歩いてゆく。わたしに頭を下げる。 「またのお越しをお待ちしております」