数百年のあいだ煙を吐き出し水源に毒を垂れ流す鉱山。そこでは夜を徹して労働に勤しんでいる。明日の労働英雄は君だ!明日の労働英雄は私だ!誰もが勤労意欲を燃料に肉体を酷使している。英雄!英雄!英雄!そう口にしながら大きく口を開けた洞窟に飛びこんでゆく。その様子を現場監督は見ている。労働者たちのことを管理職はカナリアと呼んでいる。炭鉱において毒ガスの存在をを調べるための犠牲。昔であれば無知な労働者を飛びこませることができる。しかしネットワークが全世界を覆った世においては通用しない。なのに労働者は飛びこんでいる。わかって飛びこんでいる。なんのためか、世を儚んだ自殺の変形か、あるいはレミングスのネズミか。最後のは俗説だけれども、ある種の説得力を持つ。誰ひとり戻ってこない洞窟に飛びこんでゆく姿はどうしても俗説のネズミの想像を強いる。労働者は英雄になるため毒ガスで充ちた坑道に飛びこんでいるのか。わたしは息をする。それから妻と子供のことを思い浮かべ、ネクタイを緩め、スーツを脱いでヘルメットをかぶり、ヘッドライトに電力を供給し、労働者がなにを考えているのかを知るために黒く口を開けた鉱山の入り口へと駆けてゆく。